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第649号 2013(H25) .04発行

Click here for PDF version 第649号 2013(H25) .04発行

農業と科学 平成25年4月

本号の内容

 

 

いちご「山口ST9号(きららベリー)」の
化学肥料低減栽培に適した施肥法

山口県農林総合技術センター
農業技術部園芸作物研究室
専門研究員 鶴山 浄真

Introduction

 近年,消費者の食料に対する新鮮・安全・安心などのニーズが高まっており,これらに対応した農産物の安定生産が課題となっている。生産現場からは,環境にやさしい農産物を安定生産するための化学肥料および化学農薬の使用を低減する栽培技術の確立が求められている。
 本県が育成したイチゴ品種「山口ST9号(きららベリー):写真1」は,優れた果実品質に加えて,主要病害であるうどんこ病に強い特性を有している。当センターはこれまでに,イチゴ栽培の主要害虫であるハダニ類とアブラムシ類に対する生物資材の利用技術を開発している(東浦ら,2008)。「山口ST9号(きららベリー)」 栽培に生物資材の利用技術を導入することで,化学農薬の大幅な使用回数低減が可能となることから,農林水産省の定める特別栽培農産物表示への対応が期待され,化学肥料についても低減技術の確立が求められている。

 本稿では,「山口ST9号(きららベリー)」 栽培において,慣行栽培と同等の生産性を維持した上で,化学肥料の使用を低減する施肥法の確立に取り組み,一定の成果を得たので報告する。
 なお,化学肥料の低減目標は,農林水産省の特別栽培農産物に係る表示ガイドラインに基づき,山口県が定めた慣行レベルの50%以下※1とした。また,山口型高設栽培システム「らくラック」※2での栽培を前提とした。
※1 化学肥料由来の窒素成分量:10.9kg/10a以下
※2 山口県農林総合技術センターと(株)サンポリ(山口県防府市:廃プラスチック再生加工業)が1999年に共同開発した高設栽培システム「らくラック」

2.施肥法の検討

山口型高設栽培システム「らくラック」の慣行栽培における施肥は全量基肥であり,施用窒素成分の8割以上は緩効性化学肥料(エコロング331:140タイプ)に由来している。そこで本稿では,慣行栽培で用いる有機質基肥(山口有機入りいちご配合:以下,いちご配合)に,化学肥料低減目標を限度として①化学液肥を追肥する方法と,②基肥に初期溶出抑制型の緩効性化学肥料を加えて有機質固形肥料を追肥する方法を検討した。有機質液肥の追肥は,「らくラック」の点滴潅水チューブが目詰まりするため,施肥法として用いなかった。
 2つの施肥法における「山口ST9号(きららベリー)」 の収量性と施用窒素の動態を明らかにするとともに,経営評価を行うことで,導入に最適な施肥法を検討した。

(1)栽培試験

ア 化学液肥の追肥法が収量に及ぼす影響
(ア)材料および方法

 センター内ハウス(180㎡)に設置した山口型高設栽培システム「らくラック」を用いた。本システム専用培地は,ココピート,バーク堆肥およびロックウール粒状綿を同比率で混合したものである。冬期における栽培ハウス内の気温が8℃を下回らないように,温風暖房機で加温した。
 対照区は「らくラック」慣行栽培の施肥とした。試験区は,基肥を山口いちご配合のみとして,化学液肥(OKF-1)の追肥を2つの方法で行った(表1)。一方は潅水毎に一定濃度で混入し(濃度一定区),もう一方は1日当たりの施肥量が同じになるように潅水量に応じて濃度を変更して混入した(量一定区)。
 9月下旬定植から5月末までの栽培期間において,化学液肥の混入は11月11日より4月5日まで毎日実施した。
 各区における収量および廃液の硝酸態窒素濃度を測定した。

(イ)結果

 廃液の量と硝酸態窒素濃度から算定した1日当たりの硝酸態窒素排出量は,10月~11月には試験区よりも対照区が著しく高いが,12月以降は,同程度で低く推移し,4月以降はほとんど排出されなかった(図1)。

 月毎に潅水量が異なるため,濃度一定区と量一定区の追肥窒素量は1月と3月で大きく異なるが(図2),両区からの窒素排出量は同程度で推移した。

 5月末までの総収量は慣行区>量一定区>濃度一定区となり,濃度一定区は慣行区に対して約1割減収となった(図3)。

イ 有機質固形肥料の追肥法が収量に及ぼす影響
(ア)材料および方法

 栽培施設および管理方法はアの項と同様とした。
 対照区は「らくラック」慣行栽培の施肥とした。試験区は,基肥にいちご配合に加えてスーパーNKエコロング180タイプを施用し,有機固形肥料(くみあい宇部ユーキ100)を追肥して,窒素成分の全施用量を対照区と同程度とした(表2)。追肥の回数を変えて試験区とし(1回区,3回区および6回区),各区における収量および廃液の硝酸態窒素濃度を測定した。

(イ)結果

 廃液の硝酸態窒素濃度から算定した硝酸態窒素排出量は,対照区では10月から11月にかけてピークとなったが,試験区では10月は少なく11月がピークとなった。試験区における硝酸態窒素の排出量は,追肥の分施回数が多いほど少なかった(図4)。

 5月末までの総収量は,対照区よりも試験区で多くなり,追肥回数を多くするほど増加した(図5)。最も多収となった6回区では対照区に対して3割以上増収となった。いずれの区も3月末までの収量は同程度で推移したが,4月以降の収量が大きく異なった。

 1回区では,追肥後にガス障害と見られる葉枯れ症状が発生した(写真2)。

(2)経営評価

 これまでの試験結果から,「山口ST9号(きららベリー)」の化学肥料低減技術として最も有望と考えられた施肥法は,基肥にいちご配合に加えてスーパーNKエコロング180タイプを施用し,有機固形肥料を6回に分けて施肥する方法である。本施肥法を実施するには施肥資材および施肥労力が必要となるが,これらを評価に加えても,慣行栽培に対して10a当たりの経営者所得は約70万円増加した(表3)。

Summary

(1)イチゴ「山口ST9号(きららベリー)」 の化学肥料低減栽培のための施肥法は,基肥にスーパーNKエコロング180タイプ(6g/株)と山口いちご配合(10g/株)を施用し,有機固形肥料(くみあい宇部ユーキ100)を11月以降6回(3.5g/株/月)施用するのが良い。

(2)本施肥法により,慣行栽培に対して,約3割増収になるとともに,廃液として排出される硝酸態窒素量が少なくなる。

(3)本施肥法における化学肥料由来の窒素成分量は9.0kg/10aとなり,化学肥料低減目標(山口県が定める慣行レベルの50%以下:10.9kg/10a以下)を達成できる。

(4)施肥資材費と労働費を考慮した本施肥法の生産費用は慣行技術と同程度で,増収となることから経営者所得が高まり,採算性は高い。

References

●山口県農林総合技術センタ一 平成20年度
 「新たに普及しうる試験研究等の成果」生物資材を活用した施設イチゴの病害虫防除技術

●山口県農林総合技術センタ一 平成22年度
 「新たに普及に移しうる試験研究等の成果」いちご「山口ST9号(きららベリー)」 の「らくラック」栽培での化学農薬・肥料低減技術

 

 

力キに適した肥効調節型肥料「柿楽ワンタッチ」の開発

Aichi Prefectural Agricultural Experiment Station
園芸研究部落葉果樹研究室
主任 水谷 浩孝

Introduction

 愛知県におけるカキの施肥は,1月,6月,10月と年間3回,窒素成分で20~25kg/10a施用されており,肥料の環境負荷や施肥労力の軽減が求められている。そこで,施肥の省力化,高品質安定生産,肥料成分の溶脱防止をめざし,JAあいち経済連と共同で,カキ専用の全量基肥施肥用配合肥料(以下,ワンタッチ肥料と呼ぶ)を開発した。ワンタッチ肥料は,有機質肥料と被覆尿素肥料などの化学肥料を配合しており,窒素の供給が長期間にわたって緩やかに続くため,樹体へ効率よく吸収されるのが特徴である。
 本試験では,ワンタッチ肥料により,年間窒素施用量を慣行の25%削減し生育に与える影響を検討したので,ここに紹介する。
 なお,本試験で開発したワンタッチ肥料は,後述の「カキI」と同じ配合で,JAあいち経済連により「柿楽ワンタッチ」という銘柄で商品化され,JA豊橋等管内で,年間約40tが使用されている。

2. Testing Method

(1) Composition of the test area

 試験は2005年から2008年にかけて実施した。今回はそのうち,2007年から2008年にかけて行った試験の内容について述べる。
 試験区の構成及び使用した肥料の概要は次のとおりである(表1)。

(ア)カキⅠ区

 被覆尿素肥料リニア型(以下,LP)30,LP70,被覆尿素肥料シグモイド型(以下,LPS)40,速効性無機肥料,有機肥料を調製配合したワンタッチ肥料(窒素15%-リン酸8%-カリ13%)を3月上旬に施用した。窒素施用量は15kg/10aとした。

(イ)カキⅡ区

 LP30,LP70,LPS40,LPS200,速効性無機肥料,有機肥料を調製配合したワンタッチ肥料(窒素15%-リン酸8%-カリ13%)を3月上旬に施用した。窒素施用量は15kg/10aとした。

ウ)慣行区

 1月:BB元肥みかく(窒素16%-リン酸8%-カリ12%),苦土重焼燐(窒素0%-リン酸35%-カリ0%),6月:BB夏肥みかく(窒素14%-リン酸3%-カリ20%),10月:BB秋肥みかく(窒素13%-リン酸5%-カリ5%)で施用した。窒素施用量は20kg/10aとした。

(2)ワンタッチ肥料の時期別窒素溶出量

 ワンタッチ肥料からの時期別窒素溶出量を明らかにするため,3月にワンタッチ肥料に配合される各被覆尿素肥料を種類ごとにナイロンメッシュ袋に入れ,地表面に設置した(写真1)。約4週間間隔で取り出し残留窒素含有量を分析した。無機及び有機肥料からの窒素溶出量は施肥時期の当場内地温にてシミュレーションし算出した。

(3)ワンタッチ肥料による栽培試験

 栽培試験は昭和43年定植の「富有」を1区4樹(カキⅠ区は3樹)用いた。肥料は地表面に施用し,不耕起で雑草草生栽培とした。
 調査項目は,下記のとおりである。
①土壌分析
 地表下20cmまでの土壌を採取し,土壌のpH,EC,硝酸態窒素含量を測定した。
②生育調査
 着花数,生理落果率,着果数,春枝長,突発枝数,突発枝長,樹冠面積
③収量及び果実品質

3. Summary of results

(1)ワンタッチ肥料の時期別室素溶出量

 試作したワンタッチ肥料は,カキⅠ,カキⅡとも予測したより窒素の溶出量が遅延し,6月まで少なく8月以降多くなった。カキⅡ区の窒素溶出は秋冬期も続き,8月以降12月までカキⅠ区より窒素溶出量がやや多かった(図1)。

(2)ワンタッチ肥料による栽培試験

(ア)土壌分析

 土壌中の硝酸態窒素含量は,カキⅠ及びカキⅡ区で変動が少なく,2月から10月末まで10mg/100g以上を維持し,6~7月に溶出のピークを迎えた。それ以降減少し,12月まで10mg/100g前後を維持した。また,カキⅡ区の肥効のピークは6月となりカキⅠ区より1か月程度早かった。慣行区は,施肥直後に高く,変動が大きかった(図2)。

(イ)生育調査

 樹体生育についてカキⅠ区とカキⅡ区を比較すると,カキⅡ区の方が突発枝発生数及び生理落果率の年次変動が大きかった(表2)。葉中窒素含有率は栄養診断時期の8月はカキⅠ区,カキⅡ区ともに慣行と同程度で,カキⅡ区は9月以降,高い値で推移した(図3)。

(ウ)果実収量及び品質

 カキⅠ区及びカキⅡ区の果実収量及び品質は,年次変動が見られるものの慣行と同等であった。
 カキⅠ区及びカキⅡ区の比較では,カキⅡ区の方が2ヵ年の差が大きかった(表3)。
 以上のことから,カキⅠ肥料は慣行施肥と同等の果実収量及び品質が得られており,カキⅡ肥料より適していると判定された。

Summary

 カキの肥料吸収特性に合わせて初春基肥タイプのワンタッチ肥料を設計し,試作栽培した。施肥は表面施肥で行ったため,肥料からの窒素溶出は遅れ,年次変動も認められたが,土壌中の硝酸態窒素含量の変動が小さく,生育期間をとおして肥効が続くことが確認された。
 ワンタッチ肥料を用いて窒素施用量を25%削減しても樹体の生育や果実収量及び品質に差は認められず,慣行施肥と同等の肥効が得られると考えられた。
 したがって,今回開発したワンタッチ肥料は,施肥作業の省力化と窒素施用量の削減による環境への負荷軽減に有効な肥料であると考えられる。

5.使用に当たっての留意点

 ワンタッチ肥料に配合される被覆尿素は窒素溶出が気温と水分の影響を受けるため,施肥時期は3月上旬とし,施肥後に降水量が少ない時は潅水を行う必要がある。また,極端な減肥は,隔年結果を助長するので,施肥量は地域の慣行施肥量の2割減を厳守する。